「人が怖い」という男性 (セッションの記録)
「人が怖い」というセッションの記録
●何が未完了?
中年男性、元IT関連、カウンセラー。
対人恐怖とまではいかないが、
「人が怖い」と言う。
そこで身体感覚に意識を向けるように提案した。
胸の辺りで怖さを感じている。
両手で胸をさすりながら、少し震えがあるということに気づいた。
そこで、その震えを十分に経験するようにしてもらった。
ゲシュタルトでは、「経験する」ことを大事にしている。
日常の生活の中では不快な感覚やネガテブな体験はなるべく早く忘れるようにしてしまう。
そうする代わりにセッションでは、「充分に経験すること」を勧めるのである。
日常で脇に押しやられた感覚や感情、
それらに伴う記憶や身体の筋肉の動き、
緊張は「未完了なまま」に存在し続けているからだ。
しばらくすると、
彼の肩、指先も、
微細な震えが見て取れるようになってきた。
ソマテックにこだわるのはここからである。
通常は、「身体が震えると怖い」と思ってしまう。
しかし実は、
本当に怖いのは、
「自分の身体に何が起きているのかがわからない状態」
が怖いことが多いのである。
●ソマティックなアプローチ
ファシリテーターである私は、
その震えを再体験するように後押しをする。
「怖いところにいていて下さい」と勧める。
その感覚を充分に感じてもらいながら、
「その感覚と共にいると、何かの風景や、人の顔が浮かびますか?」
と問いかけてみた。
彼は間をおいて、答えた。
「
高校の時からです。
クラスで二人の友達と話していた時に、
もう一人のクラスメイトが会話に入って来た。
私はその瞬間に、会話から離れて下を向きました。
その時から、人が怖くなったようです」
通常のカウンセリングなら、
このときの人間関係に焦点を当てるだろう。
しかしゲシュタルトアプローチの場合は、
その瞬間にこそ、
身体に何か起きたのか、
身体に自分が何をしたのか、
を見ていく。
ファシリテーターとして、
彼が友人との会話から離れて、
顔を下に向けたことに違和感を感じた。
なので、そのままの姿勢でいるようにしてもらった。
すると彼は、「息苦しい」と述べたのである。
「怖い」という言葉から、
「息苦しい」
という感覚にシフトした。
●「人が怖い」と「息苦しい」
さて、「人が怖い」と、「息苦しい」が結びつく、
体験、感覚、フィーリング。
「それはどんなことなのだろうか?」
と思いながら、
そのままの身体感覚についていく。
すると、
彼の中で、ある出来事が浮かび上がってきた。
「幼い時に溺れたことがあります。
兄とプールに行った時です。
自分は浅いプールの側で遊んでいました
気がつくと兄が見当たらない。
きっと深い方にいるのだろうと思い、深いところに進んで行った。
すると突然、深い部分に足をとられて、スッと身体が沈んでしまった。
意識が戻ると、周りに大人たちがいた。
息を吹きかえしてもらったのだと思います」
体が沈んだとき、何を覚えているを尋ねた。
「その時の光景で覚えているのは、
沈みながらも、『青い空がキレイだ』という記憶です。
青い空が見えていた。
その青い空が丸く見えて、自分が沈んでいく。
その時に、青い丸い空がスッと小さくなっていった。
それを覚えています」
さらに彼は続ける。
「この出来事は、家族や自分の中では、笑い話になりました。
苦しい体験としての記憶はないです。
むしろ助かったので、深い意味を見い出して、家族と話し合うことはしてません」
ファシリテーターの私は、
この瞬間の、
「キレイな青い空が丸く見えて、スッと小さくなった」
という表現に興味を抱いた。
当初の彼のテーマは、「人が怖い」。
「キレイな丸い空が、小さくしぼんでいく瞬間の体験こそが核心だ」
と思ったのだ。
●目の機能がなくなるとどうなる?
パールズいわく、
「目の機能を使わなくなると、対人恐怖が起きる。人が怖いと感じてしまう」
溺れて沈んで行く時に、
「本人には怖い」「息苦しい」
という自覚的な記憶がないとしても、
その瞬間に身体は、
死の恐怖を体験していたことになるからだ。
だから
「目の瞳孔が閉じていくことは、身体は死を経験している」
と思えたのだ。
彼が最初に私の前に座った時の、
目の緊張感。
視線が一点を見詰めているようでもあり、
何かに出会って凍結しているようにも感じられた。
クライアントが私にコンタクトした瞬間に、
そこから何かを感じ取った。
だが、最初はその意味することはわからなかった。
しかし、私は、
「この幼い時に溺れて、スッと青い空が丸く萎んでいく行く光景を、
彼は今も見続けていたのだ」
と確信したのだ。
いや、
「高校生の友人と他愛ない会話をしていたときに、
もう一人のクラスメイトが参加して来るまでは」
と表現しても良い。
そのクラスメイトを彼は避けるために、
会話を外した。
また、それだけでなく、
顔を下に向けたことによって、
喉元が詰まり、息苦しさを覚えた。
この息苦しさとは、
「幼い時に溺れた瞬間の、呼吸が詰まる体験を、高校生のときに意識レベルに引き上げたのではないか?」
というのは私の推測である。
●再体験へ
これらのことを確かめる為に、
意図的にプールで沈んでいく場面を、
もう一度、再現してもらった。
同時に、
青い空が丸く小さくなるときの感覚にも、注意を払うように促した。
この体験を意識レベルにあげるためには、
私は2、3回と、現実にもどり、
また再体験をする。
そのようなシャトル技法を使うことが、安全で良いと考えている。
彼が幼い頃に溺れた時に感じたのは、
キレイな青空だけではない。
意識を失う瞬間に死の恐怖を感じただろう。
それを、認知レベル、つまり思考で理解してもらうことである。
シャトル技法を使うことで、
本人が安心して再体験に取り組む気持ちが生まれる。
なので、このような場合に、何が起きているのかを説明することは大事なことでもある。
「ゲシュタルトとは、体験を呼び出す技法だ」
と勘違いしている人も多いので、
蛇足の説明をした。
●ソマテックアプローチの前に注意すべきこと
彼は、青い空が丸くしぼんでいく感覚はあった。
なので、私の説明にすぐに納得したような表情を見せてくれた。
人の緊張は、
常に目に現れるものだ。
視線を避けたり、
何かを凝視ながら話し続けたり、
目の視線が硬直する。
これらの緊張は、
ファシリテーターが、
クライアントにコンタクトしていればわかるレベルだ。
また、
不安が慢性的にある人、
パニックの傾向のある人、
紐が怖い人などは、
常に呼吸を観察すると良い。
初めはよくわからなくても構わないが、
観察に慣れてくると、
「呼吸が浅い」「呼吸が深い」が、
直感的に感じ取れるようになる。
ここからがソマテック・ゲシュタルトのアプローチである。
●ソマティック・ゲシュタルトの手順
彼にもう一度、身体感覚、緊張、呼吸などに注意を向けてもらう。
胸のあたりの震え、
息苦しさ、
人が怖い、
に加えて
「みぞおち」辺りが硬いことに気づいた。
この硬いは、
私がどのようにソマテック・アプローチをしたら良いのかの、
方向性を示してくれた。
もし、ポリヴェーガル理論や、
ライヒ系のボディーワークを知っていれば、
次のことを知っているだろう。
みぞおちが硬いのは、
身体の分断を体感として表現している。
胸、視線、呼吸など、身体の上の部位と、
腹部、腸、腰などのお腹から下の部位、
その2つに分断されていると推察できる。
また、身体にアプローチするためには、
フェルデンクライスも、とても役立つ方法である。
正しい手順があるのではなく、
クライアントが、
「自分の身体に意識を向けること」と、
「身体の動き」を通じて、
クライアントは「学ぶ」のである。
●フェルデン・クライスのアプローチ
フェルデンクライスは2つのアプローチを用いる。
一つはハンズオン、
つまり、ファシリテーターの手技によるもの。
2つ目はATM。
講師が、簡単な動作の指示を出すもの。
私が彼の身体に触れながら、
何をしたのか、何を感じながらアプローチしたのかを紹介する。
まず、「彼の怖さ」とは身体のどこにあるのか?
「怖さ」は、「呼吸」とどのように連動しているのか?
私の身体感覚を通して、
彼が感じていることを理解するために、彼とのコンタクトをさらに意識した。
すると、呼吸が見えない息苦しさをファシリテーターてある私が感じた。
●傾聴や共感をしない代わりにやるべきこと
ゲシュタルト療法は、
クライアントの話の内容よりも、
話している時に、
「クライアントが何をしているのか?」に焦点を合わせていく。
したがって、
傾聴や共感しようとする態度を取らない。
・「今−ここ」で、二人との関係に、身体感覚レベルで何が起きているのか?
・それを、私の体感覚を使って気づくことであるとも言える。
私が呼吸か感じられないのは、
クライアントが呼吸を浅いからだ。
そこで2つの気づきの問いかけをした。
「今の身体はどんな感じですか?
呼吸にも意識を向けてください」
「みぞおち辺りが固いです」
そこで、
本人に呼吸を意識を向けてもらう。
そして、
筋緊張を取る方法を学んでもらうために、
私はハンズオンをした。
つまり、手で触れた。
まず、仰向けに寝てもらう。
両膝を立ててもらう。
腰の下、みぞおちの部分に枕を入れて、
横隔膜が広がりやすいようにした。
呼吸を観察していると、腹部はあまり動いていない。
胸部、肺も呼吸の動きが少ない。
まず腹部と胸部を、
意識的に識別できるようするために、
「お腹で呼吸をしてください」
と伝えた。
しかし変化が現れない。
変化とは、
腹部で呼吸をする時には自然とお腹が膨らんだり、へこんだりする動きがあるかどうかである。
●ハンズオン
今回は、その呼吸をサポートするために、
私は彼のお腹に手を添えた(ハンズオン)。
手のひらで、彼のお腹の微細な動きを感じるためである。
同時に彼自身も、
私に手を当ててもらった部位を意識化しやすくなる。
ゲシュタルトで、「お腹を意識してください」と、
ファシリテーターが問いかけることがある。
それを、手のひらでしたことになる。(ハンズオン)
手のひらを当てる位置は、
クライアントのおヘソから下辺りが良い。
しばらくすると、
彼のお腹が微細に上下する動きが生まれてきた。
「お腹の呼吸が感じられますか?」
と、問いかけた。
ここも大切なポイントである。
本人以外の他の人が言葉をかけることで、
外部(現実)とコンタクトを維持しながら意識化することがサポートになるからである。
(気づきの3つの領域)
次に、彼の胸に、手の平を当てると、
驚くほど胸の筋肉が厚く硬い。
人は不安やパニックや恐怖があると、それを感じないように呼吸を止めるのだ。
呼吸が動いたり、深くなると感情や感覚、フィーリングが動き出すからである。
そのためにさらに不安になる。
そこでまた、呼吸を浅く、小さく、時には止めるのである。
●肩甲骨へ
次のステップは、
肩甲骨に手を添えてあげることだ。
理由は2つ。
胸で呼吸を止めるためには、解剖的に、背中の呼吸の動きを押さえる必要がある。
なぜなら、肋骨は背骨から繋がっている。
背中の側を広げないと呼吸は肺に入っていかない。
呼吸法で、背中を丸めて、両腕の指を合わせながら前に伸ばすポーズは、
解剖学的に理にかなっている。
2つ目の理由。
肩甲骨は、身体の骨の中でもっと可動域が広い。
そのために様々な角度の筋肉があるのだ。
呼吸の浅い人、緊張の高い人、不安な人は、
少なからず肩甲骨の動きを、
習慣的に押さえ続けている。
仰向けの状態の人は、
肩甲骨の筋肉群を使う必要がない。
しかし、この姿勢でも筋肉を動かないようにしている。
アレキサンダーやフェルデンクライスが、
肩甲骨に触れるのはこの緊張を開放するためである。
寝ている本人の肩甲骨の下に、手のひらを添える。
緊張で筋肉が収縮している。
浮いている部分に手を当てることで、
「神経を使わなくて良い」
と言うメッセージを脳に伝えることになる。
それまでは、
慢性的に「緊張しろ」と、
脳が肩甲骨に伝えるパターンだった。
それが、ハンズオンで解き放たれるのを待つのだ。
●骨盤身体の筋肉の緊張を緩めるために
もう一つハンズオンをした。
仰向けに寝ている彼の骨盤の両側で、
最も高い部位を、軽く床に向かって、手で押してあげるのだ。
骨盤の周囲には様々な筋肉があり、
立っている時の筋緊張が、
仰向けに寝ている状態でも緊張し続けている。
このように両手で軽く押さえてあげることで、
筋肉で支える必要がないことを、脳に伝えてあげることになる。
彼いわく
「この時にお腹の呼吸が楽になった」とのこと。
後日、感想をいただいた。
「身体から、恐怖や焦りが抜けているのを感じています。
変な夢も見ておらず朝の目覚めもいい感じです」
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